おばあちゃんが天国に行く時は、 ぼくもついて行くからね。

文 小林 敏之

 

ぼくは おばあちゃんが大好き。

いつまでも ぼくを忘れないでね。

ぼくが おばあちゃんを守ってあげるよ。

だから おばあちゃんが天国に行く時は

ぼくもついて行くからね。

 

ある日の夕暮れ ぼくはおばあちゃんと出会った。

おばあちゃんは ぼくに やさしく声をかけてくれた。

 

あんたどうしたの? あんたのお母ちゃんは

どこに行ってしまったの。

 

ぼくは かなしくてさびしくて大きな声で鳴いていた。

ママ! ママ! ニャーニャー!

 

お母ちゃんとはぐれてしまったのかしら? かわいそうに。

誰か優しい人があんたを助けてくれればいいけど。

明日また様子を見に来るわね。

そう言って おばあちゃんはお家に帰っていった。

 

次の日の朝 ぼくがお腹を空かせていると

おばあちゃんは鰹節をかけたご飯と牛乳を持ってきた。

ぼくはお腹が空いていたので一気に食べた。

 

あら あら お腹がすいていたのね。

あんたのお母ちゃん 早く帰ってくるといいわね。

そう言って おばあちゃんは またお家に帰ってしまった。

 

そんな毎日が続いて少したったころ、おばあちゃんが言った。

あんたのお母ちゃんは どこに行ってしまったのかしら

おばあちゃんもね 今でもお母ちゃんを探しているの

空襲ではぐれてしまったお母ちゃんの事を。

 

おばあちゃんのお母ちゃんは とうとう帰ってこなかったけど

あんたのお母ちゃんは帰ってくるといいわね。

そう言っておばあちゃんは ぼくの頭をなでてくれた。

ぼくは おばあちゃんのお家の子になりたいと思った。

 

じゃあ おばあちゃんお家に帰るわね。

また明日ね タマちゃん。

 

タマちゃんってだれの事? もしかしてぼくの事なの?

おばあちゃん! ぼくをお家に連れて行ってよ!

ニャーニャーニャー!

おばあちゃんの後をぼくはついていった。

 

タマちゃん ついてきたらダメなのよ。

おばあちゃんは年だから

あんたの面倒を最後まで見られないの。

 

ぼくはそれでもいいと思った。

おばあちゃん! ニャーニャー!

ぼくをお家に連れて行ってよ!

 

仕方ないわね。しばらくのあいだだけ

おばあちゃんと一緒にいてもらおうかね。

おばあちゃんは そう言って嬉しそうに

ぼくを抱き上げて お家に連れて帰ってくれた。

 

それからぼくとおばあちゃんの楽しい生活が始まった。

おばあちゃんは一人暮らし。

ぼくと同じで 家族はいないみたい。

 

おばあちゃんが子供の頃に可愛がっていた

ネコの名前はタマちゃん。

 

タマちゃんごめんね。

もっとハイカラなお名前をつけてあげたかったけど

おばあちゃん思いつかなくて。

 

大丈夫だよ! おばあちゃん。

ぼく このお名前 けっこう気に入っているよ!

ニャーニャー!

 

ぼくの居場所は いつもおばあちゃんの膝の上。

ぼくの頭をおばあちゃんの顔に押しあてると

タマちゃん くすぐったいわ。

と言って おばあちゃんは 笑ってくれた。

 

ぼくが おばあちゃんの顔を舐めると

タマちゃん いい子だね。

と言って おばあちゃんはぼくの頭を撫でてくれた。

 

大好きなおばあちゃん いつまでも元気でいてね。

ニャーニャー! おばあちゃん 大好き!

 

おばあちゃんもタマちゃんが大好きよ。

おばあちゃん 頑張って長生きするわね。

タマちゃんだけが おばあちゃんの家族よ。

これからもおばあちゃんを守ってね。

 

そう言って おばあちゃんはぼくに頬ずりしてくれた。

ぼくは嬉しくてゴロゴロと喉を鳴らした。

 

ご近所のタキさんはおばあちゃんと仲良し。

毎朝早くに おばあちゃんを訪ねてくる。

 

タキさんもぼくの事を可愛がってくれるけど

おばあちゃんにはかなわない。

 

おばあちゃんは 毎朝同じ事をタキさんに言う。

タキちゃん 私に何かあったら タマちゃんをよろしくね。

 

何を言っているのよ キヨちゃん。まだまだ大丈夫よ。

 

最近私 物忘れがひどくてね。

このまま 何もかもわからなくなってしまうような気がして

不安でしかたないのよ。

 

わかったわよ キヨちゃん。安心して。

キヨちゃんに万が一の事があっても

タマちゃんにさびしい思いはさせないわ。

 

おばあちゃん

ぼくはよそのお家の子になるのはいやだからね。

ニャーニャー!

 

そして おばあちゃんとの楽しい生活がしばらく続いた頃

おばあちゃんが変な事を言うようになった。

 

あんた かわいいわね。でも あんたはどこの子。

早くお母ちゃんのところにお帰りなさい。

ぼくだよ! おばあちゃん!

ぼくを忘れちゃったの? ニャーニャー!

 

ぼくは必至で おばあちゃんの膝の上でフミフミした。

思い出してよ! ぼくだよ! ぼくだよ! タマちゃんだよ!

ニャーニャーニャー!

 

すると おばあちゃんは あらタマちゃんだったの。

タマちゃん 今晩は空襲警報がなければいいわね。

お母ちゃん タマちゃんがキヨちゃんの膝の上で

フミフミしてくれたのよ。

タマちゃん とてもいい子だから

明日キヨちゃんの朝ごはんのおかずを

わけてあげてもいいかしら。

 

おばあちゃん! おばあちゃんのお母ちゃんは

ここにはいないよ!

空襲警報ってなに? おばあちゃんしっかりして!

ニャーニャーニャー!

 

その日は 暑い夜だった。

エアコンがないおばあちゃんのお家は暑くてたまらない。

いつものようにぼくはおばあちゃんの枕の横で眠りについた。

 

夜中ぼくは あまりの暑さで目を覚ました。

おばあちゃん 暑いよ! 喉が渇いたよ!

ニャーニャーニャー!

 

おばあちゃんは 目を覚まさなかった。

まもなくして ぼくは意識がもうろうとして

体が動かなくなって気を失ってしまった。

 

ぼくは夢を見た。おばあちゃんとぼくの夢。

 

タマちゃん。タマちゃん。起きて。

ぼくを呼ぶ おばあちゃんのやさしい声で

ぼくは目を覚ました。

あたりを見回すと おばあちゃんとぼくは

橋のたもとの川辺にいた。

 

タマちゃんと過ごした時間

おばあちゃんはとても幸せだったわ。

おばあちゃんがタマちゃんと出会った頃

おばあちゃんは毎日毎日 一人でさびしくてね。

 

あの時タマちゃんが おばあちゃんの後をついてきてくれて

本当はとても嬉しかったの。

ありがとう タマちゃん。

 

昔のタマちゃんとタマちゃんがかさなって

そしたらおばあちゃんのお母ちゃんが

今でもそばにいるような気がして。

びっくりさせてしまったわね。ごめんなさいタマちゃん。

 

おばあちゃんが窓を開けないで寝てしまったから

タマちゃん暑くて喉が渇いたでしょう。

そう言っておばあちゃんは川の水をすくって

ぼくに飲ませてくれた。

ぼくは喉が渇いていたので何も考えずに

ゴクゴクと飲んだ。とっても美味しかった。

 

さあ これでタマちゃんは大丈夫よ。

早くお家にお帰りなさい。

 

おばあちゃん! このお水とっても美味しいよ。

おばあちゃんも喉が渇いたでしょう。

おばあちゃんもお水を飲んで ぼくと一緒にお家に帰ろうよ。

 

ありがとう。やさしいタマちゃんが大好き。

でも おばあちゃんはこれから

お母ちゃんと昔のタマちゃんのところに行くの。

今度は絶対におばあちゃんについてきたらダメなのよ。

 

おばあちゃん ぼくも一緒について行くよ!

これからも ぼくがおばあちゃんを守ってあげる。

おばあちゃん! 一人で行かないで!

ぼく また一人ぼっちになっちゃうよ。

おばあちゃん ぼくをおいて行かないでよ!

ニャーニャーニャー!

 

今までありがとう タマちゃん。さようなら タマちゃん。

おばあちゃんの声が だんだん小さくなっていった。

 

目が覚めると ぼくはタキさんの膝の上にいた。

あたりを見回すと おばあちゃんはお布団で寝ていた。

おばあちゃん おばあちゃん!

起きてよ 起きてよ!

ニャーニャーニャー!

 

ぼくの頭をおばあちゃんの顔に押しあてたり

おばあちゃんの顔を舐めたりしたけど

いつものようにおばあちゃんは笑ってくれない。

いつものようにおばあちゃんは

ぼくの頭を撫でてくれない。

 

タマちゃん キヨちゃんは天国に行ってしまったのよ。

きっと キヨちゃん今頃は天国のお母ちゃんに甘えて

昔のタマちゃんと仲良く遊んでいるわ。

 

おばあちゃんの枕元のお茶碗には お水が汲んであった。

 

おばあちゃんは なんでお水を飲まなかったの?

なんでぼくは お水を飲んでしまったの?

ぼくがお水を飲まなければ ぼくもおばあちゃんと一緒に

天国に行けたのに!

 

タマちゃん 昔のタマちゃんは空襲で火傷を負いながらも

必死でキヨちゃんを励まして守ってくれたと聞いたわ。

でも まもなく天国に行ってしまったそうよ。

 

一人ぼっちになってしまったキヨちゃんは

タマちゃんを守ってあげられなかった自分が

悔しくて。さびしくて。

 

タマちゃん ごめんね。

キヨちゃんもタマちゃんと一緒に天国に行きたかったよ。

キヨちゃん 一人ぼっちになっちゃった。

 

そう言ってキヨちゃんは ずっとずっと泣いたていたそうよ。

でもキヨちゃんがタマちゃんと一緒に天国に行ってしまったら

お母ちゃんが帰って来てかなしい思いをする。

お母ちゃんの事はキヨちゃんが絶対に守るんだ。

そう思ってキヨちゃんは泣くのをやめたの。

 

ぼくを一緒に天国に連れて行ってくれなかった

おばあちゃんが大嫌い!

でも やっぱり やさしいおばあちゃんが大好き!

 

ぼくもおばあちゃんと一緒に天国に行きたかった。

そしてぼくのママを探して みんなで一緒に暮らしたかった。

鳴いても 鳴いても おばあちゃんは答えてくれない。

 

おばあちゃんが天国でぼくのママに逢えたら伝えてね。

ぼくが天国に行ったら

ぼくがおばあちゃんとママを守ってあげるよ。

ぼくはそう言って、ニャーニャーと鳴くのを我慢したけど、

いつまでも、お目目から 溢れる涙は止まらなかった。

 

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